赤ちゃんはまるで土のよう

エッセイ

「生まれたての人間って本当に自分じゃ何もできんのやな」

1年前に子どもを産んでそう思った。目はほとんど開いてないし手も足も細っこくてお肌は意外とかさついている。ミルクを飲んでは寝て、不快になると泣く。何が嫌なのか本人も私も分からない。抱っこするしかない。泣き止んでくれ。できれば寝てくれ。2時間しか眠れていない私は眠いんだ。たぶん君も眠いんでしょう?

子がまだお腹にいたとき、赤ちゃんは無邪気で素直でまるで真っ白な画用紙みたいなんだろうと思っていた。無限に広がるキャンパスに自分の物語をいろんな色の絵の具で描いていくんだろうなぁ。そうしたら歳を重ねるほどにたくさんの絵ができて写真をアルバムに収めていくみたいに思い出が増えていくのかなぁと、呑気に妄想していた。

何もできない赤子

ところが、実際に子どもを産んでみたら全然違った。「自分で」何かをするなんて、とんでもない。全部周りの大人がやります。がんばります。本人は何が嫌なのか分からないまま泣くしかできんのだ。なんてこった。せめて何が嫌なのか教えてほしい。

5日間の入院を終えて家に帰ってきた。泣き止まずにどうしようもなくなったとき助産師を呼んでいたあのナースコールはもうない。本当に育てられるのか心配で仕方なかった。でもまぁやるしかない。

しばらくは入院中と同じサイクルで一日が進んでいく。ミルクをあげオムツを替えて寝かしつける。哺乳瓶が溜まったら洗う。隙あらば自分も寝る。どうしても寝なくってミルクを追加であげたらビュービュー飲む。なんだお腹がすいていたのか。これで寝てくれるな。ゲップの姿勢をとる。背中をさすりさすり、さ…。口が「お」の形になった瞬間、マーライオンのようにミルクが出てきた。赤ちゃんが吐くときって意外と静かなのね。夜中の嘔吐ほどガックシくるものはないが、嘆いても仕方ない。頭の中で効率重視の対応を組み立てる。

反応がない不安

新生児の1カ月間、相手からリアクションがないのがさみしかった。もちろん、この時間のぐずりはミルクを欲してるなと察して、作ったら予想通りに飲んでくれるみたいなリズムは掴めてきた。だけど、さっきの要求はミルクだったのかの確証はない。まぁ飲んで満足してくれてることが答えなのかもしれないけどさ。

それでもたくさん話しかけるようにした。子どもの成長に良いみたいなことを何かで読んだ気がするから。たとえば、オムツを替えるとき。「今からオムツを替えまーす。まずは肌着のボタンをとりますっ。テープをはがしていくねー。はーい、お股を拭きますよー。さいごに新しいオムツをセットしまーす」的な具合で。まぁまぁ喋る。夜中は小声で。伝わっているのか分からないけど、とにかく話しかけていた。

ある日、洋服を着替えさせようと「服を脱ぐよー。右手をこっちにくださーい」といつものように語りかけていた。すると、右手がスッと動いた。私の方に向かって。え?もしかして言葉を理解してる??ちょっと嬉しかった。生後3か月にもなると稀に「いないいないばあ」で笑ってくれるようになってきて何回もやってしまう。寝返りも一緒に練習した。できたら「にまっ」とどや顔を見せてきたりして、それはもうきゃわいいのだ。

そのとき感じたのが土の中から双葉がポッと出てくる感覚だった。昨日まで何もなかったところに、翌朝小さな芽が出ているのを見つけてワクワクするあの感じ。あ、今までやってきたことって間違ってなかったのかもと思えた瞬間だった。

赤ちゃんはまるで土のよう

生まれたての人間は何もできない。まだ何も育たない荒れて痩せた土みたい。水をあげて雑草を抜いて太陽の光を当てるとふかふかで柔らかくなるように、赤ちゃんもミルクをもらってしっかり睡眠をとってむちむちボディに成長していくんだなと思った(私は新生児の手足が細っこいものだとは知らなかった)。

赤ちゃんに話しかけるのは種を撒いている感覚に近い。何度も話しかけているうちに言葉を覚えて反応できるようになる。芽が出るのには時間がかかる。1歳をすぎた今、自分でごはんを食べる練習をがんばっている。ジェスチャーで伝えたり上手くできたら褒めたりして毎日地道に根気強く。まだ根っこを張っている時期なんだと思う。私には見えてないけど成長しているはず。発芽を待つばかり。

かと思えば、予想外なところから芽が出てくることもあっておもしろい。引き出しを開けることなんて教えてないのに、タンスを開けてはタオルを引っ張り出すようになってしまった。たぶん大人の行動を見てるんだろうな。

これが植物を育てる話なら私が好きな種を植えればいいんだけど、子は親の所有物ではない。今はまだ主張が小さいから、特に洋服なんかは完全に私が好きなテイストで選んでるけどさ……。できるだけ子の好きにやらせてあげたい。子にとって向き不向きが絶対に出てくる。こっちが祈っても出てこない芽がきっとある。周りの子と比べるすると不安になることもあるかもしれない。そんな中でも子を観察して子と話をして、適度な距離感でコツコツとやっていこう。これからどんな芽が出てくるのか楽しみにしてるよ。

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