あらすじ
「ぼくの記憶は80分しかもたない」
博士は、17年前に遭った交通事故の後遺症でそれ以降の記憶の蓄積が止まってしまった。かつて数学の研究に没頭していたが、現在は数学雑誌の懸賞問題を解くことを趣味にしている。
家政婦の私は、そんな数学を愛する博士のもとで働くことになった。いずれ、10歳の息子も遊びにくるようになり平らな頭をなで回しながら「ルート」とあだ名をつけられる。
朝、初対面同士として始まり、だんだんと緊張が解けて和やかな夕食を3人で過ごしても、博士にとって翌日には初対面に戻ってしまう。ある日、正確だったはずの80分の記憶がわずかに乱れていることに気づく。
この本の好きなところ
この物語は小さなトラブルや誤解はあっても、致命的な事件やハプニングは起こらない。だから面白くないわけではない。それなのに面白い。
最後の章を読んでいると泣いている。穏やかな涙というか、博士と親子との関係がいとおしくて瞬きをするたびに涙がこぼれてくる。
博士の記憶は80分でリセットされるはずなのに、3人の関係が積みあがっているように見える。それが最後の章にあふれていて温かい気持ちになるのだ。
約束を守ること
私とルートは博士とのちょうどいい距離感をはかることができた。どうして記憶が80分しかもたない博士と関係性を築くことができたのかを考えてみた。
それは、約束を守ったからだ。
私とルートは、博士が何度同じ話をしても「その話は聞きました」とは絶対に言わないように約束を交わす。特に、博士が大好きな阪神タイガースの江夏豊投手のことは17年前の設定を忘れないように心がけた。
数学を知らない私とルートを博士はバカにしなかったように、むしろ、優しく説いてくれるように、博士の記憶が80分しか持たないことを軽蔑しなかったし、特別な扱いをしなかった。
記憶がもつ他の人と同じように接したわけではない。博士が不安にならないように、独りにならないように気をつけた。数学者の博士も、タイガースを愛する博士も、記憶がもたない博士のことも受け入れた。どうすれば博士が動揺しないかを考え、そして行動した。それが、博士と関係性を築くことができた要因だと思う。
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